7月26日の観察記録
吾輩は昨夜、居間の段ボール箱の中で深い眠りについていた。
夜明け前、あの不快な掃除機の音が聞こえる前に目覚めたのは幸運だ。
階下から漂う匂いは――コーンビーフではなく、目玉焼きの香りである。
人間とは不思議な生き物だ。
朝食の準備という行為ひとつとっても、これほどまでに複雑な関係性を生み出すとは。
小さな騒動の始まり
吾輩がキッチンに降りると、すでに戦況は緊迫していた。
父・ゴウは目玉焼きを焼いている最中、やたらと大きな声で豆知識を披露していた。
「な、焼き加減というのはだな、火の強さと時間の黄金比率が存在するんだ。
俺が編み出した焼き方は、ネットで話題になってもおかしくないレベルなんだ」と、妙な自信に満ちた口ぶりである。
母・レイカはそれを聞きながら、淡々と食卓の上を整理していた。
その表情は、いつもの「そうなると思っていました」という言葉が今にも出そうな顔つきだ。
長女・リリはスマートフォンを片手に、朝食の準備ができるまでの間、何やら画面に向かってツッコミを入れていた。
「本当にやめて。
父の朝食の『工夫』とか、SNSに上がったら終わりなんだけど」と、つぶやいている。
その言葉が父の耳に入ったのか、ゴウは「リリが何か言ったか?」と確認する始末だ。
長男・クロウはテーブルの隅で、ノートに何かを記録していた。
その表情から判断するに、今朝の朝食も何らかの「事件」として記録されているのだろう。
「朝7時23分。
父の目玉焼きが焦げ始めた痕跡を確認。
これは焼き加減の失敗パターンA-3である」と、静かに書き込んでいる。
騒動のピーク
その時だ。
父・ゴウが焼いていた目玉焼きから、少しばかり焦げた香りが立ち上った。
母・レイカが「焦げているようですね」と、その一言で全てを言い切った。
父は即座に反論する。
「いや、これは焦げているのではなく、『キャラメル化している』という現象だ。
フランス料理の手法を応用した、俺独自のテクニックなんだ」と、見事な言い訳を展開している。
リリは思わず吹き出した。
クロウはそれを静かに記録する。
吾輩の目には、父の焦った様子がはっきりと映っていた。
「俺に任せろと言ったじゃないか。
大丈夫だからと言ったじゃないか」と、父は自分の言葉を盾にしている。
しかし、目玉焼きの白身は既に茶色く色づいていた。
人間とは不思議な生き物だ。
自分の失敗を認めることすら、こんなにも難しいのだろうか。
朝食の終焉
結局、焦げた目玉焼きはそのままテーブルに運ばれた。
父は「これが俺流だ」と言い張り、母は杏仁豆腐を手にして、静かに朝食を続けた。
その杏仁豆腐を見た時、父の表情がほんの少しだけ柔らかくなったように見えた。
もしかして、父も母の機嫌が変わることを知っているのだろうか。
吾輩は台所の隅で、父が用意した朝食の余りを狙っていた。
今日のコーンビーフは出ないようだ。
だが、父が焦げた目玉焼きをこっそり自分の皿に戻すのを見て、吾輩は悟った。
父は失敗を認めなかったのではなく、単に食べ物を無駄にしたくなかったのだろう。
人間とは本当に不思議な生き物だ。
朝食時の家族の距離感は、あまり変わらないようだ。
吾輩の観察記録では、これを「日常の繰り返し」と分類する。
だが、その繰り返しの中に、小さな愛情が隠れているのかもしれない。


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