カレーの色が消えた夜——父の印が導いた家族の混乱
夕方18時、リビングのテーブルにはカレーの鍋が二つ並んでいた。
母が甘口と中辛に分けるという案を出した時点で、吾輩は高い段ボール箱の上からその光景を記録していた。
父は「俺に任せろ、二つの鍋をしっかり区別する」と胸を張った。
その自信の満ちた表情を見て、吾輩は既に結果を予測していた。
人間とは不思議な生き物だ。
19時15分、父はマジックペンを握り、鍋の取っ手に印を付けると宣言した。
甘口には赤丸、中辛には青丸を描くというものだ。
しかし父の手は止まらず、やたら大きな丸を描きはじめた。
マジックペンの色が、やがてにじみはじめた。
19時45分、夕食の支度が始まった。
母が「そろそろお盛付けしましょう」と静かに言った時、父は立ち上がってカレーを取り始めた。
その瞬間、吾輩は観察記録を更新した。
印が、完全に判別不可能になっていたのだ。
「ちょっと、どちらが甘口なんですか」と母が尋ねた。
父は鍋の取っ手を凝視した。
赤い痕跡と青い痕跡が混ざり合い、もはや何の記号でもなくなっていた。
「こ、これは……工夫が必要だな。
そもそも、マジックペンは耐熱性じゃないってのが問題で」と父が言い訳を組み立てはじめた。
クロウが小さく口を開いた。
「記録しておく。
父の判別不可能な標識。
インプットした」。
その冷徹な呟きが、リリの笑いを誘った。
母は深く息をついた。
「そうなると思っていました」。
その三語が、家族全員に降りかかる混乱を既に知っていたことを示していた。
結局、二つの鍋は見分けがつかないまま、家族は試行錯誤でカレーを食べ進めた。
吾輩はテーブルの下で、コーンビーフの缶を前にしながら、この家族の美しき失敗の記録を続けていた。

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