8連続ドラマWが暴く、父の限界認識の欠落——記録対象としての無謀さ
夜20時30分。
リビングのテレビ画面に、急上昇話題「8連続ドラマW」の広告が流れた時点で、僕は既に結末を予測していた。
父が身を乗り出した。
「俺に任せろ、これは見逃せない企画だ」と自信満々の声。
昨夜からの第1話をもう一度見直すと宣言して、リモコンを握りしめた。
母は杏仁豆腐のカップを手に、ソファから口を開いた。
「そうなると思っていました。
あなたは週8本見切れずに3日目で挫折します」。
淡々とした予言だが、その正確さは過去の記録と完全に一致している。
リリがスマートフォンを掲げた。
「え、これ普通に評判悪くない?」SNSで#8連続ドラマWを検索した結果は、母の予言を補強する根拠だった。
僕はタブレットに手を伸ばし、その言葉を記録した。
「記録しておく。
我が父の無謀な挑戦の始まり。
この企画は必ず失敗する。
それは必然だ」
父は反発した。
「8つのドラマなんて余裕だ。
俺はマルチタスクの天才だから」。
その瞬間、母が追撃した。
「そういえば先月『これは絶対にハマる』と買った健康家電、今どこにありますか」。
リリが笑った。
自分たちの父の失敗パターンは、季節ごとに反復される。
父は言い訳の生成を始めたが、第2話が始まる直前に仕事の疲れで寝落ちした。
テレビは無人でついたままになり、ドラマの音声だけが空のリビングを支配する。
翌朝のモザイクは、テレビの前で日向ぼっこしながら、僕たちの家族システムをどう分析しているのか。
「人間とは不思議な生き物だ」という心の声は、ある種の哀れみを含んでいるように聞こえる。
父の失敗は既に記録対象だ。
これで4度目のパターン適中。
母の「そうなると思っていました」という言葉は、単なる予言ではなく、家族の周期性を示す物理法則に見える。


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