マクドナルドのCMが家を支配した夜——知識と現実の落差
夜19時30分、リビングのテレビからマクドナルドの新CMが流れた。
ハンバーガーを頬張る女優の映像に、俺は身を乗り出した。
「この手のCMはな、実は心理学を使ってるんだ」と声を上げた。
俺の豆知識が発動する瞬間である。
「食欲と欲望を同時に刺激する色彩配置。
これは消費者の潜在意識に訴えかける手法なんだ」と、俺は指を立てながら解説した。
レイカは杏仁豆腐のスプーンを持ったまま、画面を見つめていた。
リリはスマートフォンを握っていた。
クロウは記録するように、目を細めていた。
「それでな、あのハンバーガーの食べ方。
あれは実は間違ってるんだ。
俺に任せろ。
本来はこう食うべきなんだ」と、俺は立ち上がり、両手でハンバーガーを持つ仕草をした。
噛みつく角度、唾液の流れ、栄養吸収の効率性。
全てを計算した食べ方を披露した。
俺の説明は続いた。
家族は静かに聞いていた。
翌日、レイカが通販サイトを開いて呟いた。
「ゴウ。
これは何ですか」と、スマートフォンの画面を突き付けた。
俺の注文履歴に、CMと同じハンバーガーセットが大量に届く手配がされていた。
注文日時は昨日の夜21時。
俺に覚えはなかった。
否、ある。
あの興奮の中で発送ボタンを押していたのだ。
「これは、配送時の揺れで崩れたんだ。
商品の問題じゃなくて配達側の問題だ」と、俺は言い訳を探った。
ハンバーガーセットがリビングに届いた時には、既に形がいびつだった。
リリが「本当にやめて」と呟いた。
クロウは静かに観察していた。
「この購買行動パターンは、テレビメディアによる集団催眠現象の記録に値する」と、短く分析を述べた。
その時、モザイクが台所から現れた。
吾輩はハンバーガーセットに目もくれず、隣に置かれたコーンビーフの缶詰に寄った。
器用に前足で缶を押し、俺に鳴いた。
「人間とは不思議な生き物だ」と、その仕草は言っていた。
俺は自分の知識が正しかったと信じ込みたかった。
しかし、家族に褒められなかった事実だけが、心の奥底に引っかかっていた。

コメント