推し活戦争——父の頭の良さが家族に敗北するまで
夜21時30分、リビングのソファに俺は通販で届いたグッズの箱を開けていた。
新作アニメのフィギュアだ。
箱をナイフで切りながら、スマートフォンの画面を眺めていたクロウが口を開いた。
「18アニエーネの投票結果。
推しキャラが18位に下がった。
記録しておく」
クロウが画面をリリに見せると、娘は即座に反応した。
「えっ、それあのキャラ?推し?」
俺はグッズの包装紙を剥きながら、家族に目を向けた。
この状況こそ俺の出番だ。
俺は自信を持って声を張った。
「俺に任せろ。
こういう時は複垢で投票だ。
5垢あれば余裕で順位が上がる」
ダイニングテーブルで杏仁豆腐を食べていたレイカが、箸を止めた。
その表情が変わるのに俺は即座に気づいた。
「そうなると思っていました。
違法行為をリビングで堂々と提案する夫の知能指数を。
実に興味深い」
レイカの毒舌が俺に刺さった。
だが、俺は引き下がらない。
俺の脳は常に一歩先を行っているのだ。
「こんなの誰もやってない。
俺だけ頭がいいんだ。
ネットの隠れたルールを理解してるのは俺だけだ」
その瞬間、レイカが立ち上がった。
彼女は冷蔵庫から杏仁豆腐のデザートを取り出し、テーブルに置いた。
俺の目の前に。
杏仁豆腐だ。
あの、俺のためだけに用意された杏仁豆腐。
俺の心が一瞬で溶けた。
スプーンを握る手が震えている。
家族を守ろうとした俺の気持ちが、やっと認められたのだ。
複垢投票の話は、まるでなかったことのように感じられた。
「整理整頓が大事です。
あなたのスマートフォンは、私が没収させていただきます」
俺はスマートフォンをレイカに差し出した。
杏仁豆腐を食べるため、そして家族を守ったという幸福感に浸るため、何も言い返さなかった。
クロウがスマートフォンで何か記録していた。
画面に映った言葉は「この家の推し活は複数層構造」。
リリはスマートフォンを握りながら、SNSに正規投票の呼びかけを投稿し始めた。
杏仁豆腐のおいしさに包まれた俺は、自分が家族を導いたと信じ切っていた。

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