この投稿で取り上げた元記事
値下げしない家電が明かす、親世代の見栄の正体
テレビが暴露した、父の「先見の眼」という幻想
母が淡々と指摘した通りだ。
父が43インチテレビを値下げしない商品として自慢していた時、私は本当にやめてほしいと思っていた。
でも冷静に考えると、ここに隠された家族の構造が見える。
父の「目利き」という自己欺瞞
3年前に買ったテレビと今日売られているテレビが同じ値段。
これって実は、父の購入判断が正しかったのではなく、単にそのモデルが売れ残っているだけではないだろうか。
あるいは、新型への買い替えサイクルが遅いこのモデルだから、店舗が在庫処分せずに置いているだけかもしれない。
でも父は「品質が良いから値下げしない」と結論付けた。
それって、根拠を後付けしているだけじゃないですか。
SNSでこの話題が広がったのも、多くの親世代が同じ心理に陥っているからなんだと思う。
自分の過去の判断を正当化したい気持ちが、現在の情報を歪ませている。
家族の冷たい観察眼
母が「つまり、あなたが3年前に買ったテレビと、今日売られているテレビが同じ値段のままということですね」と返した時の空気感は忘れられない。
あの丁寧さの中に刺さる指摘。
それでも父は「品質がいい」と言い張った。
クロウは「記録しておく」と呟いていた。
彼の目には、父の行動がどう映っているのか。
おそらく「親世代の認知バイアス事例」として記録されているんだろう。
私が感じた違和感の正体
正直なところ、父のことを否定したいわけじゃない。
でも、その自信が根拠のない言い張りだとわかってしまうと、距離感が生まれる。
もし父が「実は値段の理由はわからないけど、このテレビは気に入ってる」と言ってくれたら、私たちは共感できたと思う。
でも「先見の眼」に変換してしまう。
過去を美化し、現在を正当化する。
その習癖が、世代の距離を作っているんじゃないか。
母のブラックユーモアも、クロウの冷めた記録も、結局は同じことを指しているのかもしれない。
親を理解したいと思う気持ちと、その言い張りに冷笑してしまう気持ちの間で、私たちは揺らいでいるんです。

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