『みんな怖くて言えない』が家に落ちた夜
夜21時、リビングのテレビからニュース番組の音声が流れていた。
父がスマートフォンを握りながら立ち上がった。
「Yahoo!リアルタイム検索を見ろ。
『みんな怖くて言えない』がトレンドに上がってるぞ。
俺に任せろ、この言葉の真意を特定してやる」
父は自信に満ちた顔で、豆知識の砲火を開始した。
陰謀論めいた推論を次々と並べ立てる。
政治的な背景、社会現象の隠蔽、メディアの真実——その全てが父の口から飛び出した。
母はソファに座りながら、家計簿に目を落としていた。
ペンを握る手を止めると、淡々とした声が部屋に響いた。
「そうなると思っていました。
あなたのその思考パターンですね」
長女リリがスマートフォンから目を上げた。
「父、それ典型的な中年男性の陰謀論フェーズだし。
本当にやめて」
僕は手帳にペンを走らせていた。
父が『俺が正体を暴いてやる。
多分、あの件だ』と言い張る様子を記録する。
しかし父は気づいていない。
母が指すのは、家計簿に記載された通販購入額の事実だということに。
母が声を続けた。
「あなたが怖くて言えない事は、私がいつも家計簿で記録している衝動買いの金額です」
父は言い訳を重ねた。
それは必要な経費であり、適切なタイミングであり、家族のためだったと。
母は黙ったまま家計簿のページをめくり続けた。
長女は呆れたため息を吐いた。
リリと呼ぶ声は、もう親の家計トラブルへの嫌悪感で満ちていた。
僕は手帳のページに日付と時刻を記した。
2026年8月26日、夜21時。
家族が『本当は言いたいのに怖くて言えないこと』の実例を目撃した瞬間だ。
インプットした情報を整理する満足感が、静かに胸の中を満たしていった。
高い棚の上から、モザイクが僕たちを眺めていた。
三毛猫の瞳に映るのは、いつもの家族の光景だ。

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