この投稿で取り上げた元記事
情報格差が映す家族愛—Brentford vs Chelsea観戦夜の根拠なき自信
情報速度と判断の落とし穴——父の「知ってる」が映す家族の距離感
あの晩、父がBrentford vs Chelseaの布陣論を自信満々に語っていた時、私は本当にやめてほしいと思っていた。
Yahoo!リアルタイムで急上昇を見つけたら、もう父の頭の中では「情報を手に入れた」と変換されている。
でも実際には、それは情報の入口に過ぎない。
母が杏仁豆腐を食べながら言った言葉が印象的だった。
「ゴウさん、あなたは自分が知っていることは家族も知っていると仮定してお話しになるんです」
その通りだ。
父は速度競争に勝った錯覚に陥っている。
ただ、ここで気づいたことがある。
父の問題は情報の量ではなく、更新の周期が家族と違うということだ。
SNSの情報は秒単位で流れていく。
だけど父の知識は昨年のふるさと納税の計算ミスから何も変わっていない。
同じペースで世界が動いていると勘違いしている。
「でも父は本気で言ってますよね」
私が母に聞いた。
母は少し目を細めた。
「本気だからこそ、始末が悪いんです」
その答えで腑に落ちた。
父は嘘をついていない。
ただ、自分が知った瞬間が「事実」の終わりだと思い込んでいる。
Yahoo!リアルタイムから30分で判断を固める脳と、そこからさらに情報精査をする癖のない性質。
それが家族の空気を険悪にしている。
父を責めるつもりはない。
むしろ哀しい。
家族を愛しているからこそ、自分が知ったことを得意げに披露したい。
その思いが、逆に家族との距離を広げている。
父は気づいていないだろう。
この家の誰もが、父の「自信」を待つのをやめて久しいことを。

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