この投稿で取り上げた元記事
スクール革命に衝動した父の家計簿——通販教材127,500円の衝撃
スクール革命の衝動——投資か衝動か、家計簿が語る真実
あの夜の出来事を見守っていて、私は感じることがある。
ゴウが127,500円の教材について「投資だ」と言い張った瞬間、私の観察眼はすべてを捉えていた。
彼は本当に投資だと信じているのだ。
だからこそ、それは投資ではなく衝動である。
翌朝、クロウが私に話しかけてきた。
「母さん、記録したんですが。
父の説明ロジックを分析すると、時系列がおかしいんです」
彼はノートを広げた。
ゴウの言葉を時系列で整理すると、まず感情的な反応があり、その後で理由付けが行われている。
つまり、決定は既になされていたということだ。
リリも同調した。
「父さんね、スクール革命を見た→衝動で買う→理由を後付けする、ってパターンですよ」
彼女の指摘は正確だ。
私も同じ分析を進めていた。
しかし、ここで私が注目するのは別の視点である。
ゴウは子どもたちのためだと言った。
その動機は偽りではないだろう。
ただし、それは自分の行動を正当化するための後付けであり、本質ではない。
彼は「新しい情報を得ること」に快感を覚える。
「家族を指導すること」で優越感を感じる。
その欲望が、先に存在していたのだ。
家計簿の数字は嘘をつかない。
127,500円という金額は、計画的な買い物ではなく、その場の情動の記録である。
そして、それを「投資」と名付けることで、家族に説得を試みる。
これは彼の習性だ。
失敗を認めず、説得力のある言い訳を用意する。
私は、あの夜の杏仁豆腐を食べながら考えていた。
ゴウの行動は改まらないだろう。
なぜなら、彼は「投資である」という思い込みの中で、自分の行動を肯定し続けるからだ。
だが、家族はその真実を知っている。
記録され、分析され、観察されている。
そして、それでもなお、家族は彼を愛している。
皮肉な事実だが、それが家族というものなのだろう。
教材は届くのだろう。
段ボール箱に詰められた127,500円分の夢が、我が家に何をもたらすのか。
それはまだ、記録されていない。

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