小島よしおの名前が引き起こした、世代の距離感
夜19時30分、リビングで私はスマートフォンをいじっていた。
父が新聞のテレビ番組欄を見て声を上げた。
「おい、小島よしおが出るぞ。
懐かしい芸人が出るぞ」と得意げに告げる。
父は椅子から立ち上がり、身を乗り出した。
「俺はこいつの全盛期を知ってる。
昔はすごかったんだぞ。
あの時代は本当に」。
うんちくが始まる気配を感じて、私は内心ため息をついた。
母は杏仁豆腐をスプーンですくい、静かに食べながら父の言葉を聞いていた。
そして淡々と返す。
「そうなると思っていました。
あなたが懐かしい話をするのは、その人が既に時代遅れという証拠ですね」。
その一言で、父の表情が固くなった。
私は思わずスマートフォンで検索した。
数秒後、画面に出た画像を見ながら呟く。
「あ、昔の人だ」。
父は負けじと宣言した。
「俺に任せろ。
俺が説明してやる」と言い張り、YouTubeでアプリを立ち上げた。
しかし古い動画を探すのに手間取り、画面を何度もスクロールしている。
リモコンの操作も迷いながら進める。
長男クロウはソファの隅から静かに呟いた。
「記録しておく。
懐かしさは記憶の劣化現象だ」。
父が必死に話を続ける。
「この人の時代は俺たちの青春だった。
あの頃は本当に」。
母と私は顔を見合わせた。
私は確認するように声をかけた。
「あなたたち、いくつですか」。
年代のズレが一瞬で明らかになった。
父の言う「昔」と「青春」の定義が、完全に曖昧だったのだ。
父は慌てて言い訳した。
「いや、俺はこの時代を分析していただけで、実際には別の番組を見ていた」。
母は杏仁豆腐を食べながら、低い声で放つ。
「そうなると思っていました」。
その瞬間、父の主張は完全に論破された。
私は呟く。
「本当にやめて」。
その時、モザイクが現れた。
コーンビーフをねだるように鳴いている。
父はすぐに対応する。
親としての焦点が、一瞬で古い芸人から家族の要求へ移った。
私はそれを眺めながら、父の知識がどこで枯れ始めたのか、その時間軸を引き算してみた。

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