ピアノマンの知識戦—父の見栄と母の冷静さが交差した夜
夜19時30分、リビングのテレビからビリー・ジョエルのドキュメンタリーが流れていた。
父がソファから身を乗り出す。
「ピアノマンは俺が若い頃の愛聴曲だ。
音楽の知識が深い奴は、こういう経典的な曲を理解するんだ」と自信満々に宣言している。
母が料理番組から視線を外さないまま呟いた。
「あなたが好きだったのはJ-POPばかりでしたが」。
その言葉に父の表情が固くなる。
僕はソファの角で、スマートフォンを手にしながら観察していた。
これは典型的な家族内矛盾の記録だ。
ピアノの調律周期とビリー・ジョエルの生涯を照らし合わせると、作曲の秘密が見える構図が、ここにある。
父がスマートフォンを握り直す。
通販サイトを開き、ピアノ型のLEDライトを検索し始めた。
「大丈夫だから、俺に任せろ。
このピアノライトで家がハイセンスになる」と言い張っている。
リリがベッドから顔を上げた。
「え、まじで。
本当にやめて。
こんなの部屋に置かれたら恥ずかしい」とツッコミが素早い。
母は台所から戻ってくると、父をじっと見つめた。
「そうなると思っていました」と淡々と返す。
その視線に、父は購入ボタンを押さずにスマートフォンを置いた。
僕は記録ノートにペンを走らせた。
人間の本能的な見栄と現実の乖離—これは確実に家族ダイナミクスの重要な証拠だ。
父は代わりにビリー・ジョエルの伝記を図書館で借りることにした。
しかし2週間後、返却期限を過ぎて返すことになり、延滞料を払う羽目になる。
その時、父はその失敗もうまく言い訳するのだろう。
僕たち家族は、同じパターンを何度も繰り返している。
そのことに、父だけが気づいていない。

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