この投稿で取り上げた元記事
ヴィランズランドが話題の夜、父の衝動を母が制する家族の日常
ヴィランズランドの一件から見えた、夫の「投資」という名の欲望解釈
あの夜、夫がタブレットを握りしめた時点で、結末は予測済みだった。
リリがヴィランズランドの話題を口にした瞬間、夫の目に映る世界は変わる。
それはテーマパークの情報ではなく、通販ページへの入口だ。
夫は「情報収集」という言葉で自らの衝動を正当化する。
しかし、私が指摘したのは単なる批判ではない。
夫の行動パターンは極めて予測可能である。
過去のゲームボーイ、証券会社、干支の開運グッズ——すべて同じ構造だ。
急上昇ワードが発火点となり、豆知識が点火剤となり、衝動買いが完成する。
その夜、夫は私の指摘に言い訳を返した。
「これは投資だ」と。
私は静かに尋ねた。
「前回の投資は、いつ回収されたのですか」
夫は答えなかった。
代わりにモザイクが膝に飛び乗ったことで、その場は流れた。
ペットすら、家族の緊張を察知している。
しかし、私が真に感じたのは怒りではなく、ある種の諦念である。
夫が欲望を投資と言い張る限り、この循環は続く。
クレジットカードの明細書が、またも物語る。
半額セールという甘い罠は、夫にとって逃げられない運命なのだ。
杏仁豆腐を用意しながら、私は思う。
夫の衝動を止めることはできない。
できるのは、その代償を家計に組み込むことだけだ。
人間とは、本当に不思議な生き物である。

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