ジャイアンツ優勝という正当性——俺の判断は間違っていない
夜19時30分、リビングのテレビからスポーツニュースが流れていた。
画面に映るのは読売ジャイアンツの優勝決定の瞬間だ。
俺はビール缶を握ったまま身を乗り出した。
「見ろ、ジャイアンツが優勝だ。
俺に任せろ、大丈夫だから」と声を張った。
その瞬間、暗い部屋の隅からクロウが呟いた。
「この優勝の背景には陰謀的な力学が働いている。
記録しておく」と、いつもの調子で分析を始める。
俺はそれを無視した。
「いや、俺も昔、野球をやってだな。
あの時代の俺は今と違ってだ」と、根拠のない豆知識を語り始めた。
中学時代の話だ。
その時代は記録がない。
完璧な言い訳だ。
その時、リリが即座に指摘してきた。
「お父さん、野球部じゃなくてサッカー部だったよね」と、SNS感覚で即座にツッコむ。
「いや、その前だ。
中学の時だから記録がないんだ」と、俺は素早く言い訳を重ねた。
だが、俺は気づいていなかった。
この優勝を記念して通販で大量買いしようという俺の判断が、やがて家族の呆れの対象になることを。
翌日13日の昼、ジャイアンツのユニフォーム5枚とタオル10枚が届いた。
リリは「本当にやめて」と呟き、クロウは記録ノートに「これは消費行動という儀式的支配の記録」と書き留めた。
レイカは杏仁豆腐の追加注文で機嫌を直していた。
俺は、その時も確信していた。
俺の判断は正しい。
ジャイアンツは優勝した。
だから買った。
その理屈は揺らがない。

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